その光景を貴方に見せたくなくてなくて

我武者羅になって貴方を連れて逃げ出しました

 

 

24.焦燥感に突き動かされて走り出す

             間に合え間に合え もう何もいらないから

 

 

埃臭く土臭い空気の澱んだ地下道の中をディストはもたつく足を必死に動かし、己よりも上背のあるジェイドの身体を背負う、というよりも肩を貸すような形で引き摺っていた。

意識のない相手の身体は幾ら細身とはいえ鉛のように重く圧し掛かってくる。

それでもディストはがくがくと震え力の入らない四肢を叱咤し、よたよたと蛇行し、剥き出しの土壁に縋りながらも歩み続ける。

この場から一刻も早く、少しでも遠く離れた場所へ行かなければならなかった。

追手が問題なのでは無い。そんなもの、悲鳴を上げる暇すら与えずに肉塊に変えてやる。

ディストにとって問題なのは、今肩に揺られているジェイド自身だった。

せめて、彼が戻ってもどうしようもないと諦めきれる範囲に辿り着くまでは目を覚まさないで欲しいと、一心に願う。

出血と魔力の使いすぎで肉体と精神の限界に達して昏倒したジェイドには念のためにと薬も嗅がせていたが、そんなものが何処まで信用できるか分からない。張り詰め、昂ぶった彼の精神がそれらの拘束を振り切って自由にならないと誰が断言できよう。

ジェイドがそうしようと考えたならば、制止できるものなど存在しないと誰よりもよく知っているのはディスト自身なのだから。

己の首に廻させた彼の腕を、指の先が真っ白になって感覚が無くなるまで強く掴んで(もしかしたら爪を立ててしまっていたかもしれない)、焦燥する心とは反対に何処までものたのたとした足の動きにディストは罵声を上げた。

「なんて役立たずな足なんでしょう!!ちょん切って譜業機関に変えてやるから覚悟してなさい!!」

泣き声の混じった金切り声は、反響しながら暗い地の底に沈澱した重い空気の塊を掻き回して消えていく。

怪我を負っていた腹筋を声を張り上げて酷使したせいで、痛み電気信号となって神経を走り、脳髄に届いて足をもつれさせた。体力筋力ともに皆無の彼には到底堪えきれず、顔面から地面に衝突する。

「っ!!」

無様に転倒した上に、そのままジェイドの体重が降って来て、傷口を圧迫されて短い悲鳴を断続的に漏らすディストの皹の入っていた眼鏡は衝撃にとうとう割れてしまった。

だが目に破片が入らなかっただけ僥倖だと、打ちつけた鼻骨と顔面その他諸々の痺れるような鈍痛にじくじくと苛まれながら幸運に感謝する。

この状況で目が見えなくなるなんて、それこそ目も当てられない。

危うく進む事も出来ずに立ち往生する所だ。(そうなったとしても、這ってでも進んでやるけれど)

残った丸みを帯びた硝子を通した視界と、針金のフレームに僅かに嵌まった欠片だけの視界はチグハグで酷く彎曲していてこの上更なる頭痛を引き起こすが、ディストは転んで尚離さなかったジェイドと共に、どうにかこうにか立ち上がった。

つと、鼻腔から滑り落ちる液体と生臭い臭い、舌の上にひろがる鉄分の味に、鼻血を出したことと口内を噛み切ってしまったことを知る。

血と、煤と土に塗れたその様は酷く滑稽だったろうが、いいのだ。

どんなに無様でも情けなくても。

 

ジェイド。貴方を失う事に比べたら。

 

限界を遥か昔に通り越しているのを気力だけでもたせて、ぜいぜいと荒い息を吐き出し、鼻を啜って流れる血を呑み下してしっかりとジェイドの身体を抱え直したディストはもう一度歩き出そうとした。

「ん…」

耳のすぐ近くで聞こえた篭ったような声に、男はギクリと身を竦ませた。

気のせいだ、気の所為だと言い聞かせ、殆ど恐慌状態に陥りながら闇雲に足を動かしたディストに、しかし声は確実に届いてくる。

「………サフィール…?」

霞のかかったようにはっきりとしない頭で、坑道のような地下通路を見回し、やがて自分に肩を貸す相手の横顔を見下ろしたジェイドが、不思議そうに名前を呼んだ。

「ここは……」

「まだ寝ていてください」

ディストは何か言いかけるのを切り付ける様にして遮り、彼が混乱しているうちにと麻痺して感覚のなくなってきた全身を稼動させる。

「何故あなたが…私は……」

暗い中で揺れる白の強い銀髪を赤い瞳に映しながら促されるままにぼんやりと足を運んでいたジェイドの意識が、唐突に澄み渡る。

瞬間、甦った気絶する寸前の光景に弾かれたようにジェイドは身動きした。

「ジェイド!!動かないでください!!私には治療はできても傷を塞ぐ事も治癒させる事も出来ないんです!!」

内臓が、傷ついているのだ。胃と腸を幾ばくか損傷したくらいでは人は死なないが、それでも油断できるような体調では無いのだからなるべく安静にしているべきだった。しかし、彼は自身を支える腕から逃れようとする。ぱたぱたと水滴の滴る音は、きっとジェイドの身体から流れ落ちる命の音だ。

離れていく冷えた温もりに、ディストはもはや傷どうこうを気にしている場合では無いと、あえて傷口に触るようにしてジェイドの腰を掻き抱いた。

「っ!はなしなさい、サフィール!!」

ジェイドは苦痛にうめいたが、それも一瞬の事ですぐに己に回された腕を引き剥がそうと血に濡れた布で覆われた手を、その腕にかけた。

「いやだ!!」

悲鳴じみた拒絶を上げて、痩せすぎて尖った身体で頑冥にしがみ付く様にしてディストは全身でジェイドを押さえ込む。

引き剥がしても押しのけても悪夢のように絡み付いてくるその腕と格闘していたジェイドが、等々その腕を降り上げた。

鈍い音がして、ディストはまた地面へ転がる。もう、立ち上がれない。

限界をとうに過ぎている体を気力だけでもたせて、ジェイドと争っていた。

一度倒れてしまえば、もう、動けない。

その拒絶に分かっていても挫けてしまう。

嫌われてもいいからなんて、言えない。

嫌われたくない。

けれど、ジェイドを失いたくない。

まるでメビウスの輪のように抜け出せないジレンマに、がりがりとディストは這い進むようにして地面を掻く。

すべての時間は研究に費やした。柔らかな指の腹を抉り食い込んでくるざりざりとした砂塵。

薄っぺらい爪は剥げてしまったけれど、そんなもの気付きもしなかった。

粘性を帯びた涙と、殴られた所為で先程よりも多量に鼻腔から溢れてくる血でベタベタと皮膚が引きつる。

「ジェイド!!ダメだよ!!行かないで!!ジェイド!!行っちゃやだ!!」

ふらりとよろけながら、一歩を踏み出して、あとはもう、振り返らずに、彼の人は駆けていく。

それを這い蹲って、ただ見ていることしか出来ない。

行かせてはいけない。

彼がしたように、殴ってでも、傷付けてでも、止めなくてはならないのに。

だって、それを見てしまったら、貴方はもう戻ってはこない。

 

「ジェイドォォォォォォ!!!」

 

顔をグシャグシャに歪めて、息すらも絶えよと、サフィールは声を限りに叫んだ。

 

 

 

 

 

これでディスジェイと言い張ってみる・・・

すいません。ごめんなさい。みえ張っただけです

PJ←Dがせいぜいですね・・・

この後ジェイドサイドに移って陛下の亡骸を抱くシーンへと移動します

いつごろ上げられるでしょうね・・・(遠い目)